大阪地方裁判所 昭和48年(手ワ)1411号 判決 1974年10月14日
原告
片岡義夫
被告
共栄産業こと
木村勉
被告
木村忠義
被告
株式会社シラツ
右代表者
白津昭雄
右被告ら訴訟代理人
安若俊二
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告
「被告らは原告に対し各自金一六五万円及びこれに対する最終訴状送達の翌日である昭和四八年一〇月九日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行宣言。
二、被告
主文同旨の判決。
第二、当事者双方の主張
一、原告(請求原因)
(一) 原告は別紙目録のとおり記載がある約束手形一通を所持している。
(二) 被告会社は右手形を振出した。
(三) 被告木村忠義、被告木村勉はそれぞれ拒絶証書作成義務を免除して右手形を裏書した。
(四) 南敏夫は朝銀大阪信用組合に右手形を裏書譲渡したが満期に不渡により同組合に手形金を支払い受戻した。
(五) 原告は満期後右手形を同南敏夫から譲渡を受けた。
(六) よつて原告らは被告らに対し各自次の金員の支払を求める。
1 本件約束手形金元本。
2 本件最終訴状送達の翌日である昭和四八年一〇月九日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金。
二、被告(答弁・抗弁)
(一) 答弁
1 原告主張の請求原因事実中、(一)(二)(三)は認める。
2 同事実(四)(五)は知らない。
(二) 抗弁
1 本件手形は被告木村勉から大野厳へ同人から南俊夫へ順次譲渡されたものである。
2 右各譲渡はそれぞれ手形割引のためなされたものであるがいずれも割引金の交付がないので原因関係を欠く。
3 原告が右南から本件手形の譲渡を受けたとしても裏書によらないで指名債権譲渡の方法により譲受けたものであるから被告木村勉は原告に右原因関係欠缺の抗弁を対抗できるし、同被告から原因関係欠缺の対抗を受ける原告の本件請求は被告会社、被告木村忠義に対しても権利の濫用として許されない。
4 仮定的に、南から原告への本件手形の譲渡は本訴訟提起を主たる目的としたもので、しかも報酬契約がなされており信託法一一条、弁護士法七二条、七三条に違反し無効である。
三、原告
被告主張の抗弁事実は全部否認する。
第三、証拠<略>
理由
第一請求原因事実
原告主張の請求原因事実(一)(二)(三)は当事者間に争いがなく、<証拠>によると請求原因事実(四)、(五)が認められ、他にこの認定を動かすに足る証拠はない。したがつて、請求原因事実は全部認めることができる。
第二原因関係欠缺の抗弁の検討
一<証拠>を総合すると、(一)本件手形は、被告木村勉が割引依頼のため大野厳に白地裏書をなして譲渡し、(二)右大野はこれを南敏夫方へ持参して南に割引を依頼し白地裏書のある本件手形を同人に交付した、(三)ところが、南は振出人の肩書地が九州の玉名市であることを理由にその真否確認のため預つておく旨陳べたが、その後も割引金を交付しない、(四)前記大野は昭和四八年六月三〇日に倒産し、同年七月始頃大野が南に手形の返還を求めると同人は手形は他へ廻した旨答え、さらに被告木村勉から告訴された本件手形の返還を強く要求された大野は伯父の中川正成と共に同月上旬頃大阪市西区の厚生年金会館喫茶店で南に会い直談判したところ、同人は責任をもつて手形を返す旨約束したが、その後もこの返還をなさないことが認められ、この認定に反する証人南敏夫の証言部分(一、二回)は前記各証拠に照らし遽かに信用できないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
二右の各事実によると、本件手形は第二裏書人の被告木村勉から大野巌へ白地裏書され、同人から南敏夫へ裏書をなさないで単なる引渡により順次譲渡交付され、これはいずれも手形割引依頼のため交付したものであつたが、割引ができず割引金を交付しないので原因関係を欠き、被告木村勉は右南に対しいわゆる二重無権(正確には二重欠缺)による権利の濫用として大野に対する原因関係欠缺(割引金不交付)の抗弁を対抗しその履行を拒絶できる地位にあるといわねばならない(最判昭四五・七・一六民集二四巻七号一〇七七頁参照)。けだし、この場合には手形権利者たる南は原因関係上ないし経済上の利益を欠き、かつ、手形債務者たる木村勉には実質関係上の支払義務が存しないからこのような場合に手形金の支払を強要するのは両者の法的利益の均衡を著しく失するのであつて、権利の濫用としてその支払請求を認めるべきではないからである。
三被告会社、被告木村忠義は本件手形の振出人または第一裏書人として手形債務を負担しており、かつその原因関係の欠缺については被告が何ら主張立証しないところであるから、実質関係上も後者に対して支払義務を有しているといわねばならない。そして、このような場合単に手形権利者たる南が前認定のとおり原因関係を欠き、実質的経済的利益がないときでも、特別の事情のない限り権利の濫用には当らないと考える。
すなわち、権利の濫用の法理は両当事者の利益の比較較量により著しくその均衡を失する場合に限り認められるべきであつて、一方が法的にも経済的にも完全に支払義務を負つている場合には同人に支払を命じても同人は支払免責を受けられるから(手形法四〇条三項)、必ずしも苛酷を強いることにはならないし、同人が支払拒むことを認めると却て同人に保護過剰となり片寄つたものとなるからである。したがつて、このような手形債権者側にのみ原因関係の欠缺が存在するに過ぎないときは、手形債権者が原因債権の完済を受けていて手形金の支払を受けたのと実質的に異ならない場合等特別の事情が存在しない限り、権利の濫用にあたらないと考える(最判昭四三・一二・二五民集二二巻一三号三五四八頁参照なお、最判昭四八・一一・一六判時七三四号九四頁は二重無権の事案である)。
したがつて、被告会社、被告木村忠義ら主張の権利濫用の抗弁は前記の如き特別の事情の主張立証がないから採用できないものである。
四本件手形の裏書記載が、被告木村忠義、被告木村勉の順次白地裏書、次いで南敏夫から朝銀大阪信用組合への裏書、それに次いで原告の白地裏書記載があることは当事者間に争いがなく、朝銀大阪信用組合から原告への裏書の連続記載がない。そして、その裏書の連続を欠く部分は原告主張の請求原因事実(四)(五)の如く実質的に右信用組合から南敏夫が手形金を支払つて受戻し、同人が原告へ譲渡したものであることは前認定のとおりである。このような裏書によらない手形債権の譲渡には手形法一七条の人的抗弁の切断はなく、指名債権譲渡と同一の効力を有するに過ぎないから、被告木村勉は南に対して対抗し得る抗弁をもつて原告に対抗できるのであるが(最判昭四九・二・二八判時七三四号九五頁)、権利濫用の抗弁は両当事者の利益衡量による個別的性質を有するものであるから、その特殊性からいつて南に対する権利濫用の抗弁をもつて直ちに原告に対抗できるものとはいえない。したがつて、結局被告木村勉の原因関係欠缺の抗弁も原告に対抗し得ず、これを採用することができない。
第三訴訟信託等の抗弁の検討
<証拠>によると、南敏夫はもともと繊維販売業を営んでいたが、その後金融業に転業したものの訴訟手続等に暗いため、相当以前からの知り合いで最近金融業を始めた原告に本件手形の処理につき相談したうえ、南において割引先の取引金融機関朝銀大阪信用組合東成支店から昭和四八年九月一〇日に手形金一六五万円を支払つて買戻し、ついで同月二七日にその買戻資金のうち金一〇〇万円を原告が南に融資し、その際本件手形につき振出人である被告会社が不渡処分異議提供金を差入れているので手形金訴訟を提起して手形金を回収することが確実であるからこれを主目的とし、取立ができたときには原告に金一〇〇万円とその利息金を支払い、残金の一部を原告に対する謝礼金として支払うことを約して、本件手形を南から原告へ裏書によらないで譲渡したことが認められ、この認定に反する証人南の証言部分、原告本人尋問の結果部分はいずれも前記各証拠及び弁論の全趣旨に照らし遽かに措信できないし、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。そして、原告が右受託後間もない同年一〇月二日本訴を提起したことは記録上明らかである。
右各事実ことに南と原告との人的関係、原告の職業、受託後時を移さず本訴を提起していること、相当部分の対価が欠除いていること、謝礼の支払約束があることなどを併せ考えると、南から原告への本件手形債権の裏書によらない譲渡は信託法一一条所定の「訴訟行為ヲ為サシムルコトヲ主タル目的」とした信託的譲渡であることが推認できる。そうすると、南から原告への裏書によらない手形債権の譲渡は、裏書の如く無因性を有せず一般の債権譲渡と同様有因行為であるから、信託法一一条に違反して無効であると考える(なお、最判昭四四・三・二七民集二三巻三号六〇一頁参照)。
したがつて、原告は本件手形債権を取得し得ないものである。
第四結論
以上のとおりであるから、被告らに対する原告の本訴請求は理由がないことが明らかであり、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (吉川義春)
約束手形目録<略>